扉を開けると本の向こう側の世界が広がっていた。

猫町倶楽部とは、参加者が毎回課題図書を読了して集まり、
それぞれの気付きをアウトプットすることで学びを深め合う読書会です。

東京文学サロン月曜会[文学]

  • 2019/9/22 15:30〜22:30
  • 第117回 東京文学サロン月曜会 中島敦「李陵・山月記」


読書会に行った。サポーターなので早乗りした。机や椅子を準備した。それから始まるまでの時間が案外長いもので、ちらほらと人が来るのだが何を話していいのかわからない。ので、課題本その他を読んで過ごすのだが下手にサポーターなんぞやっているものだから「気をまわさねば」などと要らぬことを思ったりする。あくまでも思うだけで実際何もしないのだが、内心気にはなっている。読書会の始まる前の段階で課題本について話してしまっては、読書会で話す内容が尽きてしまうではないか――ということを思いつつ、同班の参加者O氏とつい話し込んでしまう。前も同じ班でしたよね? というやりとりから中島敦の話へと。シェイクスピア「夏の夜の夢」に続き数奇な巡り合い。二度続けて同じ人と巡り合うなどそうあるものではない。



あらかた参加者が揃ってしまえばめいめい勝手に談話を始めてくれるから楽である。「飲み物ご自由に。デザート一皿」と初参加の方にお伝えしつつ。なんだかんだで時間が来る。ファシリテーターに選出されたO氏は当初堅実に仕切ってくれはしたものの、場が温まるとともに自動進行の様相を呈する。進行役というのは実質なきものと言ってもよく、話が自燃してくると自然皆が口を開くものである。とはいえ中島敦である。文章としては韜晦の度が強く、内容としても一般的には不可解の度が強く、わからないとかそういう声が多い印象。そんななかでも山月記については皆教科書で読んだということもあり、それなりに話が弾んだ印象。実のところ自分は授業でやった時の記憶がほとんどない。
国語の授業といってぱっと思い出せるのは梶井基次郎「檸檬」のあの愉快にして不可解な最後と、宮沢賢治「やまなし」の謎の生物「クラムボン」、そしてなぜか有道杓子*1。エーミール*2。愛宕の砥石山。ついでにごんぎつね。そんな話はしていないのではあるが、とにかく中島敦である。
自分は中島が好きだ。いや好き嫌いというより、もはや他人とは思えない。明らかに同じ人種であり、言ってしまうともう身内みたいな感じである。うちの中島分かってやってくださいよとばかりに論を展開してみると、乗って来てくれる人乗って来てくれない人半々といったところ。各短篇の主人公たちの悲壮なまでの純粋さにしばしば座は沈黙の様相を呈したものの、それはそれでありなのではなかろうか。
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至為は為す無く、至言は言を去り、至射は射ることなしと。
(中島敦 ちくま日本文学012(「名人伝」):ちくま書房:p18)
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至言は言を去り、斯くて読書会は黙して語らぬ名人の集まりと化す、と。
白熱したのかしないのか、ともあれ時の過ぎるのが早かったのを鑑みるとそれなりに充実した時間を過ごしたのではあろう。ベストドレッサー選出である。この時間が苦手である。皆で輪になって自分のファッションポイントを説明するというのは、なんだろう、芸人が自分のネタについて解説するみたいな気恥ずかしさがないだろうか。とはいえサポーターである。自分が主導しなければならぬ。笑顔が引きつっていたかもしれぬ。



今回のドレスコードは「縞または中国」だったので阪神グッズなり、チャイナドレスなり、虎柄のシャツなり何かしら目立った服装で来る方がおられるのではと予想したのだが案外無難なボーダー、ストライプの服装が多い*3。そんななかであれば中国を選ばれた方に軍配が上がったようである。なかでも拳法着の方が印象に残っている。読書会後は懇親会。ドタ参加可。参加費大体四〇〇〇円。お高い。お高いものだから元を取らねばと絶え間なくビールを飲む。ビールを飲む合間に話、話、話。M氏の「天気の子」についての話が面白い(どうでもいいが「てんきのこ」と入れて一括置換すると「点茸」になる。念のため検索してみたがそんなものはない。なめ茸の画像が出て来る)。「阿久沢さんは多分見ないだろうから」と前置きして、あらすじをお話してくださる。わかってらっしゃる。どうも百発百中の雨乞をしてのける女の話らしいのだが、カント哲学を下地に見ると汲むべきところがあるとの論が面白い。このくらいにしておこう。テーマトークテーブルの役回りもこれで何度目だろうか*4、話したりない人々を集めて今一度中島敦について熱く語り合うことに――なったのだが中島好きの自分はなかでもとりわけ熱く語り過ぎた嫌いがある。引きましたか皆さん。副読本に持ち寄った現代音楽の大家にして無類の茸好きジョン・ケージ*5の対談集「小鳥たちのために」を用いて中島が主に「名人伝」で描いて見せた究極的な名人性の得も言われぬすばらしさをお伝えしようと意気込んだが、とても伝えられた気がしない。



口頭で物事を伝える名人になりたいと思わないでもないが、その道の極致で私は最終的に口を噤むことになるだろう。口を噤むことなら得意であって、ほとんど常にそうしているのだからすでに名人なのかもしれない。ともあれ難しいのは名人性を頭で理解することではなく、実際に名人になることであって、その間にそびえる乗り越えがたい壁の前で右往左往迷い果てたのが中島敦である。そこに中島の文学性がある。そういう話をしたように記憶している。いつのまにやら時は過ぎ、人が一人また一人といなくなる。人のいなくなったchano-maで片付け。外に出てみるとそれなりにしっかりとした雨が降っている。昼のうちにはこれから雨になるなど想像もできないほどからっとさわやかな晴れ間がのぞいていたというのにこの夜。点茸の仕業かもしれぬ。幸いなことにタクシーで帰宅するK氏に便乗して三次会会場へ。そこから先は割愛する。
以上が開催レポである*6。
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語りえぬものについては、沈黙せねばならない。
(論理哲学論考:ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン:岩波文庫:p149)
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言を去ったところに至言がある。

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*1
白洲正子の随筆「日月抄」か?

*2
ヘルマン・ヘッセ「少年の日の思い出」。

*3
小物使いも可。

*4
今一度語り足りない人が集まって行う読書会ボーナスステージ。テーマトークとはいうもののそのまま課題本とその作者について話すのが通例。「他人の意見は否定しない」の猫町ルールはここでも適用。
同時刻、本と本とを交換できる「猫町古書店」が開催中。

*5
生全体への音楽の拡張を目指した作曲家。辞書を引くとmusicの前の単語にmushroomとある――という理由で茸好きとなり、ニューヨーク菌類学会の創立に関わる。中毒経験あり。

*6
次回読書会は10月27日、日曜日。課題本は太宰治「人間失格」。

写真:たかはし
文:阿久沢

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